Mepanna works - BANZAI的な日々-

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コメントありがとうございました。

パパンが亡くなって、遺品を整理していたら馬券が出てきました。
パパンの趣味は「競馬」だったの。

どうやら当たり馬券らしい… ということで、甥っ子1が引き換えてきましたよ♪


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やったね!!


皆様、父の訃報に、たくさんのコメントありがとうございました。
鍵コメ様も多いので、この場を借りてお礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。

同じように、家族の病気で大変な方もいれば、同じように家族を亡くした方もおられ…
かける言葉はとても難しいですが、長く悲しむのはきっと故人も望みませんよね。
うん、そう思います。

病気の家族を“励ます”ってけっこういろいろ。

「がんばれ」って言っても、本人は精一杯やってるし、体はつらいし。
ただ、パパンの病院に見舞いに通っていた時は
ワタシは特に話しをするわけでもなく、ベット脇に座って一緒にテレビを観ていただけなんだけど
(話かけてもパパンは話をする余裕や元気がなかった)

時々「ただ座ってるだけって…意味あるのかなぁ」と思ったりしたこともあったけど、
退院した後でパパンが「毎日来てくれるだけでとてもとても嬉しかった」とママンにもらしていたらしくて

話はせずとも、病院に行って傍にいることに意味があったのかなーと思いました。


お葬式から持ち帰ったお花たちがもうそろそろ終わってしまいそうで、
ママンがそれをとても寂しがってた…。
そういえば母の日に何もプレゼントしなかったし、もうすぐ父の日だし、
パパンの横に置けるような華やかなお花を買って帰るかな!?


パパンに関する長いお話は本日のニッキで終了いたしますが、
時々ママンらとパパンの思い出話をしたりして、元気にやっていきますわー。


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ところで

2年前に書くだけ書いてアップしていなかったニッキがあります。
パパンの最初の手術の後、半年ほどたったところで書いたものです。


なんか自分で読み返して、あぁ…最近いろいろ忘れていること(検診とかetc)あるなぁと反省。
のど元過ぎれば熱さを忘れる…じゃないけど、反省って長く続かないものだよねぇ(^^;;


そんなわけで、ちょっと残しておきます。2年前の記憶。



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青が目にしみる、いいお天気の朝だった。
ジャージにキャップ姿で電車に乗る。今日は職場には行かない。お休みをもらった。
ママンから招集がかかったから。「家族は全員集合(甥っ子はのぞく)」

ジャージ姿で“そこ”に到着したワタシ。午前8時。ママンと姉と叔母はもう到着してた。いつものことだけど「来るのが遅い!」と叱られる。ママンもパパンも、ワタシが待ち合わせ時間ピッタリに到着すると怒るのだ。予定の30分前には来いって。

午前8時半。お着替えをさせられたパパンは“手術室”と書かれたお部屋に吸い込まれていった。パパンの状況は“第三段階”。リンパに転移してるかもと言われてる。その説明を受けたとき、パパンは泣き崩れてしまった。こんなに弱ったパパンを見たのは初めてだった。

7時間くらいはかかるだろうと言われてて、姉はパパンが今朝まで寝てたベットでうとうとしだした。ママンと叔母(ママンの姉)は長いすに座って適当におしゃべり。ワタシはじゃあちょっと走ってきます、と言って、その場をあとに。「こんなときまで走るの!?」と軽く非難を浴びつつ。走りたいというよりも、7時間じっと待つなんて自分には耐えられないだけなんだけど。

それでとりあえず、浅草寺に向かって走り出した。普段走ったことのないルート。隅田川沿いに出て、ひたすら北上。思ったより距離はなくて、40分くらいで着いてしまった。都内ってやっぱり狭い。


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「ビョーキに対するお守りはドレですか?」とお守り売場できいて、「コレですね」と指さされたやつは一番高いお守り・1500円。ポケットをさぐるとなんと1430円しか入ってない。計画性がない?…だってお守りってこんなに高いと思ってなかったんだよ。どうしようかお守りとにらめっこしてたら(1430円しかないと言ったらまけてくれないかな…と思案してた)、「こっちでもまぁいいでしょう」と言われたやつが800円。言い方からして2番手なのか!?う~~ん…でもお金が足りないんだから仕方ない。2番手のやつを買ってみた。

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それからふと目にはいったお札。250円で名前を書いて奉納できるらしい。厄除け。まだお金があるのでこれもやってみて、残ったお金はお賽銭。

まだまだ時間があるので、隅田川沿いを少し走って、“そこ”に戻った。戻ったら姉は起きていて、ニンテンドーDSのリズム天国をやってた。姉はゲーマーなのだ。そして無理矢理ワタシもリズム天国をやらされた。ワタシはゲームはとても下手くそで、ゆえにすぐ飽きる。ほどなく返却。ママン、お腹すいた~~と騒いで、コンビニのおにぎりをもらった。こんなときでもどんなときでも腹は減る。生きていれば腹は減るのだ。

パパンの手術が終わったと連絡を受け、手術室の前に行ったのは午後4時くらいだったかな。執刀医らがやってきて、切り取ったパパンの肺を見せてくれた。というか見たいと言ったわけではないが、強制的に見せられた。見せるのは義務なのか?さらに手袋を渡されてさわらされる。姉は遠慮…というか拒否。ワタシとママンでツンツンする。タバコが原因で犯されたその部分はカチンコチンになってた。肺なんだけど、それは焼き鳥のレバーのようで。しばらくレバーが食べられない気分になるか?と思ったけど、そんなことはなく後日、全然普通に食べられた。

肺を我らにツンツンさせ、そして執刀医は一言。「たぶん、間に合ったと思います。全部切除できた。」

ママンは「ありがとうございます、ありがとうございます」と言いながら何回も頭を下げてた。

しばらくして、麻酔から覚めたパパンの顔を集中治療室に見に行って、看護師さんにお願いしてさっき買ったお守りを枕元に置いておいてもらう。朝はママンに叱られたけど、「お守りはよく気づいたね」と今回は褒められた。2番手のお守りなのは内緒にしておこう。

タイヘンだったのは術後で、かなり苦しいらしく、パパンは何度も「こんなにツライならもう死にたい」とママンに愚痴ってたらしい(娘の前では愚痴らない)。

ワタシは職場がソコに近かったので、放課後毎日のように足を運び、時には体がツライらしく一言ももらさないパパンの横にただ座ってるだけだったりしながらも、退院まで可能な限り通った。

そして退院の日。退院は突然に決まり(こんなに突然決まるものなの?)、油断していたワタシはその日は奥多摩の山に行く約束をしていて、とりあえず晩ご飯はパパンのおうちで寿司というのでそれにあわせて帰るよ~~と。

しかし夕方5時頃、パパンから「何をやってるんだ(怒)!こんな日は早く帰ってこい!」と怒りの電話が……。病室ではあんなに元気がなかったのに、家に帰ったとたんにこれだもんな…。はぁ。

実はこの奥多摩の山行きが、初めて某M氏と山に行ったことになるのだよー。えへへ。

そんなこんなで、大騒ぎから約半年がたち、ようやくメパンナ家にも平穏が訪れようとしていたその時。ことは起こる。


今度は姉にもアレがみつかった。パパンと場所は違うけどもアレだ。
しかもやっぱりけっこう進行しているらしい。第三段階。実は1年くらい兆候があったにもかかわらず、軽くみていた彼女は放っておいたらしい。げろげろ。最悪だ。

しかし……やっぱ女は強い。パパンのときみたいに毎日病院に来なくていいし、手術も一人でだいじょーびだと言い放つ。いやいや、今はだいじょびでも、入院し出すとお見舞いに来てくれるのがすげ~うれしいもんなんだよ!と語りながら、またまたワタシの病院通いが始まった。

パパンの病院と比べて、姉の病院はちょっと不便なところにある。病院の最寄り駅から徒歩30分。職場から行くと電車と徒歩でなんやかんやで1時間近くかかってしまう。ならばならばと、職場から走っていくことにした。距離はちょうど10km。走って1時間10分くらいで着く。

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以前に書いたニッキはここで終わってた。

姉は今は元気だし、定期検診では再発等は今のところ見つかっていない。
なんだかあわただしい半年だったんだなーと…、しみじみ思ったりする2011年6月。


いつか自分にも、こういう事で苦しむ日が来るのかもしれないし、一生来ないのかもしれない。
ただ、いつ来てもいいように、悔いなくやっていこー。
ACのコマーシャルじゃないけど定期検診もしっかりと!
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by team-banzai | 2011-06-03 13:22 | 日々徒然 | Comments(0)